横浜地方裁判所 昭和44年(ワ)2288号 判決 1971年5月21日
原告 国
訴訟代理人 山田二郎 外四名
被告 株式会社東海銀行
主文
被告は原告に対し三六万〇、二五五円および内金三五万九、九三七円に対する昭和四一年一〇月八日以降完済に至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
事実
原告指定代理人は主文同旨の判決を求め、請求原因として次のとおり陳述した。
「一、原告(所管庁東京国税局長)は横浜勤労者音楽協議会(以下「横浜労音」という。)に対し、昭和四一年一〇月七日現在において、納期限を経過した昭和三八年度ないし昭和四一年度の入場税等合計一、四〇四万二、七二一円および延滞税の租税債権を有していた。
二、横浜労音は被告銀行横浜支店に対し別紙預金債権目録のとおりの普通預金債権を有していた。
右預金(以下「本件預金」という。)が横浜労音の預金であることは次の事実によつて明らかである。
(一) 本件預金の名義人伊藤百々子は横浜労音事務局員(現事務局長)伊藤省二の妻で、横浜市神奈川区羽沢町九八四番地において夫および二人の子(昭和三五年生と同三九年生)と同居する主婦であり、収入もないので、本件預金が同人の預金とは考えられない。
(二) 本件預金について、被告銀行横浜支店の窓口に出向き預金契約を締結したのは伊藤百々子でも伊藤省二でもなく、横浜労音事務局員神保邦子である。神保は横浜労音において会計を担当しているが、同人の昭和四一年収入金額(総所得)は四八万一、四一八円にすぎない。しかるに、本件預金の入金および出金は多額であり、且つ取引回数も頻繁であつて、本件預金が神保邦子の帰属にかかる預金であるとも認められない。
(三)本件預金を差押えるに当り、徴収職員が本件預金元帳を閲覧したところ、元帳に「労音事務局」とメモ書されており、被告銀行横浜支店は本件預金を横浜労音のものとして取扱つていた。
(四) 横浜労音は昭和三四年一〇月頃まで横浜労音代表者菊川郁夫名義で横浜銀行に普通預金を有していたが、昭和三四年一〇月二六日国税滞納処分を受けるや、その後は、横浜労音に帰属することを明らかにするような表示を避け、横浜労音事務局員あるいは事務局員の妻の名義を用い、横浜労音事務局員を預金行為者として次のとおり預金していた。
(1) 株式会社協和銀行横浜支店の伊藤百々子普通預金には、横浜YMCAが昭和三八年五月三一日から横浜労音に対しその機関紙「こだま」への広告掲載料として毎月四、〇〇〇円宛支払のため振出した小切手が継続的に入金されていた。
(2) ところが、横浜労音は原告が課税調査のため右預金取引の内容を調べた直後である昭和三八年八月二六日預金契約を解約し、爾後の滞納処分を不能ならしめた。
(3) 横浜労音は昭和三九年四月四日、再び協和銀行横浜支店と神保邦子名義で普通預金契約を結び、横浜YMCA振出の小切手を入金処理したが、その預金行為者は被告銀行横浜支店における預金行為者と同一人たる横浜労音事務局員神保邦子であつた。
(五) 被告銀行横浜支店には昭和三九年八月一〇日から神保邦子名義の普通預金があり、右預金には横浜労音が横浜YMCAから受取つた小切手金が入金されており、右預金は横浜労音の預金と認められる(昭和四一年一〇月七日現在残高八四円のため、原告は差押をしなかつた。)。
三、そこで、原告は昭和四一年一〇月七日、国税徴収法第六二条の規定に基づき、本件預金債権(三五万九、九三七円)および昭和四一年九月一九日以降債権差押通知書到達の日までの確定利息(三一八円)について債権差押通知書を被告宛発送し、右通知書は同日被告に到達した。これにより、原告は同法第六七条に基づき右差押にかかる債権の取立権を取得した。
四、よつて、原告は被告に対し前記預金三五万九、九三七円と確定利息三一八円の合計三六万〇、二五五円および右預金三五万九、九三七円に対する昭和四一年一〇月八日以降完済に至るまで年六分の割合による利息金の支払を請求する。」
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、請求原因に対する答弁として次のとおり述べた。
「請求原因一の事実は不知。
請求原因二の冒頭の事実は否認する。(一)の事実中伊藤百々子が横浜労音事務局員伊藤省二の妻であること、同人が原告主張の場所に住所を有することは認めるが、その余は不知。(二)の事実中神保邦子が横浜労音で会計を担当していること、同人の収入の点は不知。その余は争う。(三)の事実中本件預金元帳に原告主張のようなメモ書が存することは認めるが、被告銀行横浜支店が本件預金を横浜労音の預金として取扱つていたとの点は否認する。右メモ書は単に連絡先を記載したにすぎない。(四)の事実は不知。(五)の事実中被告銀行横浜支店に昭和三九年八月一〇日から神保邦子名義の普通預金があり、その預入には横浜YMCA振出の小切手が入金されていることは認めるが、その余は争う。
請求原因三の事実中原告が差押債権の取立権を取得したとの点は争うが、その余の事実は認める。」
<証拠関係省略>
理由
一、 <証拠省略>によれば、原告(所管庁東京国税局長)は横浜労音に対し、昭和四一年一〇月七日現在において、納期限を経過した昭和三八年度ないし昭和四一年度の入場税等合計一、四〇四万二、七二一円(本税額、加算税額の合計)および延滞税の租税債権を有していたことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。
二、本件預金元帳の写真であることに争いのない<証拠省略>によれば、被告銀行横浜支店に本件預金が存することを認めることができ、右認定を左右する証拠はない。
そこで、本件預金が横浜労音の預金であるかを判断する。
(一) <証拠省略>を総合すれば、次の事実を認めることができる。
横浜労音は昭和三八年春頃財団法人横浜キリスト教育青年会(横浜YMCA)との間で、横浜労音発行の月刊機関誌「こだま」に毎号横浜YMCAの広告を掲載し、横浜YMCAは掲載料として毎月四、〇〇〇円宛を横浜労音事務局に持参して支払う旨の契約を締結し、以来当該契約関係を継続してきた。そして、横浜YMCAは右契約に基づき、掲載料支払のため毎月自己振出、株式会社横浜銀行本店支払の小切手を横浜労音事務局に持参し、横浜労音においては、右小切手を株式会社協和銀行横浜支店の伊藤百々子名義の普通預金口座(口座開設期間昭和三五年七月二六日ないし昭和三八年八月二六日)にすくなくとも三回、同支店の神保邦子名義の普通預金口座(口座開設期間昭和三九年四月四日ないし昭和四二年八月二三日)にすくなくとも二回、被告銀行横浜支店の神保邦子名義の普通預金口座(昭和三九年八月一〇日開設)にすくなくとも一四回に亘りそれぞれ入金していた。右各預金のうち後二者は神保邦子の名義で新規の取引が開始され、また、三者について、各個の預入、払戻は主として横浜労音の会計職員神保邦子が(伊藤百々子名義の分は伊藤の印を用いて)行つていた。このうち預入の日が後記本件預金債権差押の日に最も接近する被告銀行横浜支店の神保邦子名義の普通預金における前記小切手による入金関係は別紙預入一覧表のとおりである。
このように認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定によれば、横浜労音は伊藤百々子、神保邦子名義を用いて前記預金取引を始め、自己の資金を預入したものと認めるのが相当であり、また、その事務手続は神保邦子が担当していたことが明らかである。
(二) <証拠省略>を総合すれば、次の事実を認めることができる。
1 本件預金元帳の預金者の住所氏名欄(被告銀行横浜支店においては同欄は新規預金の申込をした者に記入させる取扱であつた。)の「神奈川区羽沢九八四伊藤百々子」なる記載、本件預金にかかる昭和四〇年一〇月一六日付支払請求書の預金者の氏名の記載(「伊藤百々子)」と前記(一)の被告銀行横浜支店の神保邦子名義の普通預金元帳の預金者の住所氏名欄の記載(「横浜市戸塚区中田町一二一六神保邦子」)、右預金にかかる昭和四〇年一〇月一五日付入金伝票記載の預金者氏名の記載(「神保邦子」)、前記(一)の協和銀行横浜支店の伊藤百々子名義の普通預金にかかる昭和三八年五月一五日付支払請求書の預金者氏名の記載(「伊藤百々子」)とは同一人神保邦子の筆蹟である。
2 本件預金元帳の預金者印鑑欄に押捺された「伊藤」の印影(一〇個)と前記(一)の協和銀行横浜支店の伊藤百々子名義の普通預金にかかる昭和三八年五月一五日付支払請求書の預金者氏名の下に押捺された「伊藤」の印鑑とは同一の印によつて顕出されたものである。
3 本件預金の預入払戻の状況と前記(一)の被告銀行横浜支店の神保邦子名義の普通預金における横浜YMCA振出小切手の入金関係を対比してみると、神保邦子名義の普通預金に右入金があつた日のうち別紙<省略>346ないし14の各日に本件預金についても入出金があり、しかも、そのうち12の日以外の分は受付行員も同一であつて、両個の預金の入出金は同一人神保邦子が同じ日に手続をしたものである。
このように認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。
(三) <証拠省略>を総合すれば、次の事実を認めることができる。
本件預金の預金名義人伊藤百々子は横浜労音事務局員(現事務局長)伊藤省二の妻で、昭和一一年三月二日生である。同人は横浜市神奈川区羽沢町九八四番地に夫および二子(昭和三五年生と昭和三九年生)と同居する主婦で、格別の収入もない。また、神保邦子の昭和四一年度収入金額(総所得)は四八万一、四一八円にすぎない。しかるに、本件預金は預入、払戻とも多額で、回数も頻繁で、取引開始時に二〇〇万円が預入され、中途においても、残高が最多額で一三五万円を超えることがあつた。
このように認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
(四) 以上(一)ないし(三)認定の各事実を合わせ考えると、反対の事情が認められない限り、本件預金は前記(一)の各預金と同様に横浜労音が自己の資金を預入したものであつて、ただ会計職員神保邦子の名義を借りて預金取引を開始し、同人をして各個の預入払戻をなさしめたにすぎないものと認めるのを相当とする。
(五) ところで、普通預金は一の消費寄託として、一定量の金銭その他の経済的価値を銀行に移転させ、銀行がこれと種類、品質、数量の同じものを返還することによつてその価値を保管することを以て契約の特色とする。従つて、本来、預金者として預金債権を取得すべき者は契約の当時右経済的価値が帰属する者、換言すれば預金の出捐者でなければならない。ところが、普通預金取引開始の仕組は銀行側において右預金の出捐者を確知しうるようには作られていない。即ち、銀行は新規普通預金の申込があつたときは、預金者名とその住所を記入し、且つ取引用の印を押捺した印鑑票を徴求し、当該預金者名で交付された入金を受入れた上、当該預金者名の普通預金通帳を交付するという手続を履むだけであつて(なお、被告銀行横浜支店においては、普通預金元帳の所定欄に預金者の住所氏名を記入させる取扱をしていることは前述した。また、前述のとおり本件預金元帳の預金者印鑑欄に「伊藤」の印影が存することから窺われるとおり、被告銀行横浜支店においては、普通預金元帳の所定箇所に預金者の印による押印を求めるのを例としているようである。)、これ以上に預金の出捐者の確認等を行わないのを常とする。これは普通預金が一般大衆の簡易な貯蓄預金あるいは中小企業者の経常的な出納預金等として、大量且つ頻繁に利用される制度であることに由来するやむをえない運用型態である。叙上の点に鑑みれば、普通預金契約は取引の開始に当り預金者と表示された者と銀行との間に成立し、預金債権は当該預金者に取得されるものとしなければならない。しかし、他方において、預金を出捐する者が種々の目的から第三者の名義を借りて普通預金をなす場合がすくなくないこともよく知られているところである。このような場合において、銀行が預金申込者の説明その他の事情により預金の出捐者を確知しているときにはその者を相手方として預金契約を締結したものと解するのが冒頭に述べた預金の性質に適合する(このように解しても、銀行は払戻請求書に使用された印影を届出の印鑑と照合して相違ないと認めて預金を払戻した場合には普通預金規程に依拠して免責されるとすべきである。蓋し、第三者を預金者名義とする普通預金をした出捐者は特段の事情がない限り当該預金名義人に払戻の権限を与えていると理解して差支えないからである。)。
本件についてみるに、前記<証拠省略>によれば、本件預金元帳第一葉の下欄に「労音事務局」なるメモ書の存することが認められる。被告は右メモ書は単に連絡先を記入したにすぎないと主張するが、神奈川区羽沢町九八四番地に住所を有する預金名義人伊藤百々子に対する連絡先として「労音事務局」を記載するというのはいささか奇異であり、むしろ、右メモ書の記載と従前被告銀行横浜支店に対し神保邦子名義で横浜労音の資金が預入されていた事実とをあわせ考えると、被告銀行横浜支店においては、本件預金の出捐者が横浜労音であることを知り、このことを心覚えの趣旨で元帳に記載したものと認めることができる。そうとすれば、先に説示したとおり本件預金契約は横浜労音と被告銀行との間に成立し、本件預金債権者は横浜労音であるといわなければならない。
三、原告が昭和四一年一〇月七日、国税徴収法第六二条の規定に基づき、本件預金債権(三五万九、九三七円)および昭和四一年九月一九日以降債権差押通知書到達の日までの確定利息(三一八円。 <証拠省略>によれば、右利息は差押の効力発生当時まだ利息決算日が到来していなかつたため、その額を算出計上して預金に組入れる措置がとられていなかつたものであることが認められる。)について債権差押通知書を被告宛発送し、右通知書が同日被告に到達したことは当事者間に争いがない。そうすれば、原告は同法第六七条に基づき、右差押にかかる債権の取立権を取得したとすべきである。
四、以上によれば、被告は原告に対し、前記預金三五万九、九三七円と確定利息三一八円の合計三六万〇、二五五円および右預金三五万九、九三七円に対する昭和四一年一〇月八日以降完済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務がある。
よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 蕪山厳)